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8月の夜

両親への挨拶を済ませ、晴れて‘婚約者’となった恵子は、落ち着いていた。

会社でも、アパートでも、デート中でも自然体だった。


会社では同年代の女子社員T子に、

「恵子ちゃん、○○さんと結婚するの?」

「うん、そのつもりでつき合ってるよ。」

「そうなんだぁ、いいなぁ。」

「T子ちゃんだって、××さんがいるじゃない。結婚するって聞いてたけど?」

「最初はねぇ、そう思ってたんだけど。なんかさぁ、覚めてきちゃったんだぁ」

「ふ~ん。T子ちゃんの両親にも紹介して、食事したって聞いたよ」

「そうなんだけどさぁ。何か、今はいろいろ考えちゃって」

「年が離れてるから、話題が合わないのかなぁ?」

「それもあるけど、他にもいろいろね...」

「ふ~ん...」

「最近、恵子ちゃんしっとりしてるよねぇ。なんだか落ち着いた感じになったよ」

「そうぉ?」

「○○さん、やさしいからなぁ。愛されてるんでしょう?」

「はい。」

「もぅ、恵子ちゃんたらぁ。ごちそう様!」

恵子によると、そんな会話があったという。

結局、その二人は結婚しなかったようだった。



こちらはこちらで、

7月に中途で入社してきた年下の男性社員と、歓迎会と称して若手5人で飲みにでかけた。

乾杯をして、一通り会社のこと、仕事のことを話した後、ビールジョッキもすすみ、自然と砕けた

話題になる。

その新人が、

「恵子さんてかわいいですよね。」


4人の手が一瞬、止まった。

「ああ。でも、恵子ちゃんは止めとけ。他の子にしろよ」

とは、先輩社員の一言。

「えぇっ!他にはいい子いませんよぉ。きれいな人は皆30代だし。俺、年上には興味ありませんから」

「それなら、社外で探せよ」

「なんで、恵子さんはだめなんですかぁ?彼氏でもいるんですかぁ?」

「あぁ、恵子ちゃんには決まった人がいるんだよ。婚約者がいるの。だからちょっかいだすなよ。まぁ、ちょっかいだしても、振り向くことはないと思うけどな(笑)」

「そうなんですかぁ。まだ22才ですよ。それでもう婚約者がいるんですか?」

「22才でも婚約してるの!」


「そうですかぁ。じゃ、諦めます」

「そう、諦めな」

その場では、婚約者がだれかは明かされなかったが、店を出て、皆と別れてから、

「恵子ちゃんはなぁ、○○さんの婚約者なんだよ」

と先輩社員が伝えたことを、その新人から聞かされた。

「あの夜は失礼しました。」

「別にいいよ。恵子に”△△君が可愛いって言ってたよ”っていったら、喜んでたよ。まぁ、そういうことだから、よろしくな」

「はい。」

結局、その新人は、3カ月の試用期間中に部長の逆鱗にふれて、馘首(クビ)になったのだが。

そんなことで、その後、恵子にちょっかいを出す者はいなかった。



そんな8月のある暑い夜。

エアコンなど付いていない時代、アパートの住人は窓を開け放っていた。

皆、寝苦しい夜を過ごしていた。

夜中、何事か声が聞こえて目が覚めた。

よく聞いていると、それは話し声ではなく喘ぎ声だった。

「あぁ~ん」
「あぁ、う~ん」
「はあ~ん、いいぃ」


そんな声が聞こえてきた。

それは、階上の部屋から、別の部屋から、さらにもう一つ別の部屋から。

3軒のアパートでセックスしているのが分かった。

階上の部屋で動くと、その振動で 、部屋のガラス戸が震えた。

(たまんねえなぁ。)

風来坊のペニスはもうビンビンになっていた。

人生で初めて、他人の生の喘ぎ声を聞いた風来坊であった。





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六月---両親への紹介

引っ越し後、恵子は頻繁にアパートに出入りする。

その時、風来坊は恵子との結婚を決意していた。

しかし、あの日以来、正式のプロポーズは出来ずじまいだった。

ある日、先にアパートに来て料理を作っていた恵子。

私は、定時を1時間過ぎたころ退勤し、帰途についた。

アパートの灯りがついている。

(あぁ、そうだった)

定時前に紙礫が飛んできていた。

「今日、行くね。お料理作って待ってる!」

「ただいま」

「お帰りぃ」

恵子は台所で、何事が煮込んでいた。

おたまを置いて、抱きついてきた。

「どうした?」

「ううん。なんでもない」

(恵子は温もりが欲しかったようだった。)

そのまま、短めのディープキス。

部屋でラジオを聴いて待っていると、恵子が料理を運んできた。

二人で夕食を済ませ、いつものように布団の中へ。

恵子はスリップ姿だった。

恵子はスカートスタイルで出勤することが多く、スカートの下には必ずスリップを着けている、そんな女だった。


セックスの前に、ちょっとした会話をした。

「今週末、田舎に帰ってこようと思う」

「ふ~ん、何かあるの?」

「いや、特にないけど。良かったら一緒に来ないか?

「えっ、なんで?」

「お前をおやじとおふくろに紹介したいんだ。この人と結婚するつもりだって」

「...」

「日帰りになるけど、来てくれるか?」

行く!絶対、行く

そんな会話の後、裸になりセックスをした。

アパートに来る=セックスのような生活だった。

恵子が拒むことはなかった。


その夜、実家に電話をした。

お袋が電話に出た。

「なんだい?こんな時分に」

「うん、ちょっとね。今度の休みに帰るよ」

「あぁ、そう。泊まってくんだろ?」

「いや、今回は日帰り。」

「忙しいんだね。泊まってけばいいのに。」

「おやじとおふくろに会わせたい人がいるんだ」

「誰だい?」

「今すぐって訳じゃないんだけど、結婚しようと思ってる人」

「あらまぁ。そうかい。じゃ、楽しみに待ってるよ」





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